【訃報】インディ500のベテラン、フィル・クルーガー氏が74歳で逝去。メカニックとしても高く評価された不屈のレーサー
- #モータースポーツ
posted2026年2月12日 8時54分
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インディアナポリス・モーター・スピードウェイは2026年2月11日(現地時間)、1986年と1988年のインディ500に出場したフィル・クルーガー氏が逝去したことを発表した。ミルウォーキー出身の同氏は、ドライバーとしての腕前だけでなく、優れたメカニックおよび工作技術者としても「ブリックヤード(IMS)」の歴史に名を刻んだ。
■ 「不屈の精神」で挑み続けたインディ500
クルーガー氏のキャリアは、困難とそれを乗り越える勇気に満ちたものだった。1980年代を通じて、小規模で低予算のチームから旧型マシンでインディ500に挑み続けた。
1988年の輝き: 2年落ちのマシンを自らチューニングして臨み、キャリア自己最高となる予選15位からスタート。決勝では196周を走り抜き、8位入賞を果たした。
メカニックとしての栄誉: この1988年のパフォーマンスにより、旧型車を予選通過・トップ10フィニッシュへと導いた卓越した技術が認められ、クリント・ブラウナー・メカニカル・エクセレンス・アワードを受賞した。
苦難を象徴する1987年: 当初はチーフメカニックとしてチームに参加していたが、正ドライバーの負傷により急遽ステアリングを握ることに。練習中のクラッシュで損傷したマシンを自ら修理して予選に挑んだ姿勢は、不運の中での決意を称える「ジガー賞」の授与に繋がった。
■ 幾多の重傷を乗り越えて
クルーガー氏は、1981年のインディ練習中や、1984年・1989年のミシガン・スピードウェイでのクラッシュで複数箇所の骨折を含む重傷を負いながらも、その都度レースの舞台へと復帰した。10代でのカートから始まったキャリアは、1981年から1991年の間にINDYCARシリーズで計23戦のスタートを数え、1988年のミシガン500では5位入賞を記録している。
■ 引退後も続いたエンジニアリングへの情熱
レーサー引退後は、エンジンビルダー、メカニック、チーフクルーとして活躍。また、航空機整備士の免許も保有しており、1941年製ラスコムの整備や、第一次世界大戦時の戦闘機S.E.5aを設計図から組み上げるなど、生涯を通じて機械への情熱を持ち続けた。
また、インディアナ州のアタベリー・キャンプにあるUSO(米国軍隊慰問団)での活動など、軍事的支援活動にも尽力した。